木花

手しごと コノハナ

美杉むらのわ市場

明後日は、今年最後の、

そして、この五年間の締めくくりの、むらのわです。

木花のお弁当作りは、ここで一区切り。

いろんな区切りが重なって、ひとつの終わり。

終わりの後には、始まりが待っています。

市場にも木花にも、新しい風が吹きつつあります。

一休みしたら、また歩き出します。

 

最後のお弁当は、というと

池添さんが子どもたちとお汁を作って

私がおむすびを握って

皆で食べようという企画です。

 

今まで、おむすびに色んな具を入れましたけど

一番握るのが楽しいのは、梅干しなんです。

なんででしょうねぇ

梅干し入れて、握るとき、幸せだなぁって思う。

その幸せが、食べてくれる人にも届くといいなと

思っていました。

だから毎月、梅干しは入ってたんです。

自分が握りたいから。

 

市場で木花のお弁当を食べてくださった皆さん

ありがとうございました。

 

締めくくりに相応しいお店が揃ってくれて

みんな、来てくれる人と楽しむために

いろんな企画を練ってくれて

楽しい市場になりそうです。

市場でお会いできたら嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ヨーコさんの”言葉” それが何ぼのことだ」

佐野洋子・文 北村裕花・絵

 

佐野洋子さんの本を読みたいなぁと思って

図書室で手にした本です。

 

その1 せめてこれ以上、誰も何も考えないで

便利な世の中の、便利さを問う、ヨーコさん。

むらのわで表現したかったことや

いま自分を取り巻く社会のことを改めて考える。

社会の波にのまれ、時には波に乗り、それでも

社会と自分の芯が遠く隔たっていることを感じる。

 

その9 フツーに死ぬ

病にも死にも大騒ぎをする人間と

淡々と全てを受けいれていく動物の、生の在り方。

 

週末、在宅医をしているお医者さんの話を伺った。

病院というのは、医療を施し命を救う場である。

死を看取るようには機能していない。

でも現代は、殆どが病院で死を迎える。

からだがもう栄養を不要として、水分も絞っていくときに

点滴を与えてむくませて、痰がからんで苦しませる。

いらん医療をしてしまう。そういうこともあるという。

家で死ねず、病院で死んで、斎場でセレモニーをしては

子どもたちがその死に直に触れる機会がない。

命のリレーが見えない。

 

人間は、いらんことを一杯している気がする。

いのちが、つながっていかない。

 

もっと素直に質素に、豊かに生きられないものか。

そういうことを、しみじみと感じる一冊です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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美杉むらのわ市場

十一月十二日のむらのわ。

この週末に、東京から山田征さんがいらっしゃると伺い

むらのわで「電気のお話し会」を開かせて頂きたいと

お願いをしました。

美杉のみんなと、ご縁のある方たちと、

征さんのお話しを聴きたかったのです。

よい日になると思います。

 

市場の週には百姓池田家さんのお野菜が届きます。

今週は、マコモダケやヒノナなど

この辺りならではの野菜が入っていて

お弁当のおかずがパッと思い浮かび

こちらも作るのが楽しみです。

 

池添さんのこんにゃく作り体験もあって

石窯ピザの形を作らせてもらえる体験もあって

大谷清文さんのピアノも聴けて

あとはお天気が良かったら

子どもたちとまた一生懸命走って遊びたいです。

 

皆さんにとっても、良い一日となりますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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NETWORKS

 

二〇一七年十一月三日 朔フェス@美杉町。

家から歩いて十五分の日本料理「朔」へ友人と行く。

むらのわの仲間、節知の岩田さん、

美杉リゾートのみどりちゃん、

HOA BINH TABLEのいづめ夫妻、

月の庭のかおりさん、而今禾のきょうこさん

朔の主人夫妻、ひらのきかく舎のひらのさん

いつもはヤギのシロが居る牧場に自作の円形ステージ

白い大きな天蓋、手作りしたであろう木の長ベンチ

青い空に黄葉し始めた山の稜線

嬉しそうに人の間を縫って歩く犬のゆうちゃん

 

このステージで音を出すのは気持ちがいいだろうなぁ

 

美杉のこんな山奥に、二百人が集まってライブする。

朔の主人がこの日の為に、どれだけの準備をしたか

想像できる。手を抜かずに、ものすごい労力をかけたのだ。

いつも、一つのことしかできない、と言う。

美杉むらのわ市場に出ていたときも

鹿カレーを三日がかりで仕込んでいた。

テントもテーブルも自分で作って、毎回組み立て

お客様に心地よく食べて頂いていた。

そうやって、たくさんのファンに恵まれて

美杉での「朔」は始まったのだった。

 

市場を五年やってきて、初めて

あぁ、これを、私たちは毎月していたのか、と思った。

それはやっぱり、大変なことだったのだ、と思う。

 

この音楽は、山への奉納だと言って

朔の主人は大太鼓をたたいた。

 

NETWORKSの音楽

目を閉じたら、渋谷のライブハウスに居た。

新宿リキッドルームの跳ねる床。揺れるからだ。

こういうリズムのある音楽を、プロの音楽を

久しぶりに体感した。楽しかった。

美杉の山のなかに、音が響いていることが嬉しかった。

日が山に暮れかける頃、

目を閉じると音だけがそこに在った。

 

そうして、犬の散歩に遅刻し早足で帰ると

母とわんこがてくてく歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「くせのうた」 再び、星野源さんのこと

漢方の晃太郎センセに会いに行った。

 

命を失くすかもって経験した人はさ、

物事の捉え方が変わるよね。

俺はそういう経験無いから

 そんな経験なくていいんだよ。

それはさ、経験しなくちゃ解らないことだと思うな。

 そうだね。

 

実際に追い込まれた人は、心底知ってる。

この命がいつ無くなるかもしれないことを

いつだって追体験しながら、その後の人生ずっと、

ずっとその感覚を抱えて生きていくんだもの。

疑似体験できることでは ないと思う。

 

 

「くせのうた」は、少し前の歌だけど、いい歌だ。

 

文章の巧さというのは、技巧的なことではなくて

書く人の心に依ると思う。

人が変わる、というのは

新しい自分になるのではなくて

その人が元々もっている本来の姿が

素直に正直に、表れるということだと思う。

 

 

心に素直に生きてごらんよと

センセにまた言われた気がした。

今までもずっと、そう言ってくれてたんだと

そのとき初めて気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ガパオ

大阪でタイ料理のケータリングをしている

ISARAのみきちゃんへ

台風の前に畑のガパオを送りました。

ガパオは、あれです、ホーリーバジル。

タイでは生の葉っぱを炒め物に使うんですね。

一緒に、ガランガ(タイの大ショウガ)と

レモングラス、十六ささげ

ワイルドチェリートマトも入れたら

ランチ会での素的なディッシュの写真が届きました。

 

f:id:saybe:20171027164106j:plain

 

なんていうか、すごく うれしい。

ありがとう。

 

現代タイは、砂糖や化学調味料を使う料理が多いので

ISARAでは、タイ料理をマクロビ風にアレンジした

Macrobiotic Thai Foodを提供しています。

ただ今、実店舗オープンへ向けて、準備中、なのだよね。

楽しみにしてます。

 

こんな風に、畑のひとたちが旅に出て

旅先で一回りも二回りもきれいになって

出会ったひとたちと過ごしている、というのは

なんていうか、すごく うれしい。(二回目)

 

ありがとう。

 

 

 

 

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「知らない」

星野源さんの歌。

アルバム「STRANGER」の終わり

レコードノイズからの流れが好きです。

一曲目「化物」も好き。んー、全部好き。

声が好きなんです。

 

「知らない」を聴くと泣いてしまう。

それはこの曲が生まれたときに

彼の心が泣いていたからじゃないだろうか

そんな風に、涙が出る。

 

七年前に手術を受けた後、心底弱って

私は雑多な情報を受け取ることができなくなった。

がちゃがちゃしてしまう

そんな風に、言って

テレビも情報誌も、フェイスブックも、携帯も

全部手放して、一番薄い新聞だけにして

ずっと、自分の世界を立て直していた。

昔好きだった本も服も、随分捨ててしまった。

 

だからテレビでやっているような

ドラマや映画や音楽に触れたり

或いは東北の人たちの震災手記を読んだり

そんなことができるようになって

自分が一番びっくりしているし

強くなったなと思って喜んでいる。

 

音楽家で、俳優で、文筆家の、源さん。

初エッセイ「そして生活はつづく」から追って読んでいくと

最新刊の「いのちの車窓から」に至って、びっくりする。

だってすごく、成長しているのだ。

始めは苦手だったという文章が

ほんの七、八年の間に、すごく巧くなってる。

書けるようになりたいから、書き続けてきた。

 

「蘇る変態」に

くも膜下出血から完全復活までの一年が書かれている。

死に直面するという経験が、この人をどれだけ変えたか。

くだらなくて、オープンで、まっすぐ。

自分もがんばろう

そう思わせてくれるのものは、どこにでもある。

 

静かな時間が必要なときも、ある。

でも静かな中だけに、答えがあるとは限らない。

雑多な中に、静かなものが見つかることもある。

いろんなものを抱えて

すっと立っていられる自分でありたい。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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