木花

コノハナ

二〇一九年一月の木花

 

新年おめでとうございます。

 

ひんやりとした空気のなか

夕陽を受けて煌めきながら飛翔する

つがいのトンビを見ました。

以前にいつも飛んでいた、つがいでしょうか。

秋か、冬の入り口から いつも一羽で

パートナーを求めて鳴いている様だったので

ずっと心配していたのです。

お正月の空に、嬉しい便りでした。

 

 

【一月の木花】

 

二十三日 十三~十六時

一針ノ会 @cafe ナナクリ

好きなものを手縫いする会です。

参加費・千五百円(お茶付)

 

 

友人と続けているわら細工の手習いで、

一月から飾り用の小さな米俵を作り始めます。

 

穏やかな一年でありますように。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬支度

日中、まだ暖かくて外にいられる日に

生垣の剪定や、大豆と稲の脱穀をして

家周りに積み上げてきた荷物を

ひとつずつ、片付け始めた。

荷物は増えてく。

どうしてこんなにあるんだろうと思うくらい

本と布と、いただきものと食べもの、あとは何?

もう少しシンプルに、生きられないもんかなぁと

いつも思う。

でも、すぐに捨ててしまう気持ちも無くなってきて

要らないけど取っておく箱もつくるようになった。

全部必要があって、ここにあると思うようになった。

借りたものは返す用意をして

作りかけの服は、作る。これが一番多いかな?

ひとつひとつ、この冬は片付けていく。

そう言いながら、本とCDを買う。

 

笑ったり、怒ったり、泣いたり忙しい姪っ子たちが

サンタさんにプレゼントを貰ったらやってくる。

そうしたら片付けもままならなくなって

本を読む時間もなくなって

毎日ごはんを食べるだけで精一杯。

でも、楽しみに待っている。

 

ひとつでも多く、心からの笑顔が生まれますように。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「THE LAST GIRL」

今月十日、「戦争及び紛争下において、武器としての

性暴力を根絶するために尽力したこと」により

ノーベル平和賞を受けたナディア・ムラドさんと

ジャーナリストのジェナ・クラジェスキさんの共著。

九日付の朝日新聞に掲載された記事を読んで

イラクコンゴで起きていたことに言葉を失い、

彼女の本を手にしました。

 

二〇一四年八月三日、ナディアさんの住んでいた

イラク北部のシンジャール山地の麓にある

ヤズィディ教徒の住む小さな村コーチョに

イスラム国の戦闘員が来た。

それまで村の警備にあたっていたペシュメルガという

イラククルディスタン民兵は、前触れなしに

シンジャールから引き上げ、村人たちは身を守る術も

逃げる道も失くし、簡単に征服された。

村の男性と老人は処刑され

子どもはイスラム国の戦闘員へと育て上げられ、

女性は戦闘員の性奴隷として売買或いは贈与された。

 

イラクを取り巻く国々の関係性も、宗派の違いも

複雑で、簡単には理解できない。

ひとつひとつのニュースを繋げて読み解く力が無い。

気がつかない。

その陰で、こんなに酷いことが、起こっていた。

今も、世界のあちこちで、性暴力に苦しむ人がいる。

せめて、それが起こったということ

いまも苦しんでいる人々がいることを知り、

自分が生きているこの世界の向こうに

彼らが生きている世界も同時にあることを想いたい。

 

どの勢力にも、大抵どこかの国の後ろ盾があって

その後ろ盾を得たり失ったりすることが

勝敗を決しているのなら、世界の平和とは何だろう。

 

彼女の本を読んで、幸せになろうと思った。

 

女性が、子どもたちが、その家族が

平和の内に生きられる世界を願います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らなかった、ぼくらの戦争」

アメリカの詩人、アーサー・ビナードさんが

文化放送の番組のために採録した戦争体験談をまとめた本。

 

歴史の定説の、中身を丁寧にみていくと

ちょっと疑問に思うような事実に出くわすことがあります。

その事実を積み重ねてみると、物語の芯に

定説とは別の、もっと理に叶った筋が、みえてきたりする。

それが実際だったんじゃないかと思うような、筋です。

多くの場合、あっちの筋とこっちの筋が絡まり合っているし、

定説だけを語る大きな声に阻まれたりして、芯はみえない。

そういうことが、思っているより、ずっと多く

歴史の中で繰り返されてきているんじゃないかと思います。

世界のあちこちで起こっている紛争も、日本の政治も、

同じだろうという気がします。

 

日本国憲法の前文に、「いづれの国家も、

自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって」

という箇所があって、初めて読んだ小六の時から

わたしはその一文に、魅かれ続けています。

自分だけじゃない、生きているのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十二月の木花

朝晩冷えるようになりました。

畑の落花生やサツマイモは掘り上げて

空いたところに蒔いたソラマメやえんどう、

麦の芽も出てきて ほっと一息。

大根の葉っぱがぐんぐん大きくなってきて

見ているだけで、幸せです。

 

里芋は、掘りたてが柔らかくておいしいので

食べる毎に掘って、春までに頂きます。

小さな小芋は、皮ごと蒸したものを容器に入れて

醤油と小麦をまぶして暫くおいて

揚げて食べると、簡単で、とってもおいしい。

里芋のお汁を頂くと、冬だなぁと思います。

 

十月に掘り上げたこんにゃく芋

そろそろ、こんにゃく作り、できるでしょうか。

今年こそ、わら灰で上手にできますように。

 

今月のむらのわ市場では、時芽輝農場の池添さんの

ほたての貝殻パウダーを使ったこんにゃく作りや、

ちどりの里のワラ細工のしめ縄・丸座蒲団作りが

体験できます。恒例のお餅の振る舞いもあって

皆で楽しみにしています。

 

 

 

【十二月の木花】

 

九日(日) 十~十四時

美杉むらのわ市場 @美杉リゾート 火の谷ビール工場前広場

手縫いもの・下駄 

 

この後は冬休み。

ぜひ、お越しください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケルトの白馬」

イギリス児童文学に多くの作品を残した

ローズマリー・サトクリフ

彼女は二歳のころの病気がもとで

生涯車椅子の生活を送ったそうですが

ケルト神話ギリシア神話

古代ローマブリテンの歴史などを背景に

人々の暮らしも運命も戦いも

まるで見てきたか、体験したかのように容赦なく

描写される物語に圧倒されます。

 

本を読んでいると、あまりの衝撃で

しばらく呆けてしまうというか

二、三日心の整理がつかなくなることがあるのですが

ケルトの白馬」もそういう本のひとつでした。

 

ロンドンから西へ向かい

アフィントンにある白馬の地上絵。

この絵が描かれた経緯を

サトクリフは想像し、物語にしました。

彼女が史実から伸ばした空想の羽は

きっと、遠い昔、そのような暮しと

そのような人たちが真実在ったのだと

感ずるような、空気をまとっています。

 

サトクリフの物語を全て読むには

まだ時間がかかりそうです。

同時に、彼女が書いた文章を

原文でも読んでみたくなって

原書を二冊ほど取り寄せてみました。

英語でどんな風に物語が表現されているのか

読み終えることができるかどうか

時間をかけて楽しんでみようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「獣の奏者」

この夏、上橋菜穂子さんの本を

だーっと、読みました。

 

精霊の守り人」から始まる守り人シリーズ

この世界に重なるもう一つ別の世界

その世界の変化が、この世界にも変化をもたらすという

そういう世界の有様が、物語の背景にある。

そういうことは実際あるかもしれない、と思いながら

読んでいると、架空の世界の、架空の話であるのに

自分もいつか知っていたはずの世界であるかのように

感じられるのが不思議でした。

 

ファンタジーはあまり読んでこなかったのですが

こんな風に自分の世界と重ね合わせられるとなると

俄然おもしろくなってしまいました。

 

本は、自分自身のなかにあるスクリーンに

情景を思い浮かべる余地があります。

読み手が思い浮かべた情景は、書き手が描いた世界とは

少し違うかもしれない。

だから、本のなかの物語は

読み手が完成させる、唯一無二の話である

と言えると思う。

そこが好きです。

だから、どこかに、いまの自分と重なる部分が無いと

読み進められない、という気もします。

 

 

獣の奏者(Ⅰ~Ⅳ・外伝)」

闘蛇編と王獣編を、夢中になって、読みました。

この本に、一番、惹かれた。

 

「狐笛のかなた」も、とてもよかった。

装丁もタイトル文字も素的です。

 

すごいですね。

ひとりの人の頭の中から、これだけのテーマ

物語が生まれてくるというのは。

 

そうしてここから

上橋さんが好きだと言う、サトクリフの作品へ

読み進めたのです。